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フェアトレードサッカーボール



フェアトレードのスポーツボールは、わかちあいプロジェクトの難民支援がきっかけで生まれ世界に広がりました。


難民支援から始まったフェアトレードボール(動画)


パキスタンの労働問題に取り組むために、2002年にスポーツボールの製造と貿易に国際的なフェアトレードの基準が作られ、2004年には日本初のフェアトレードボール ASPIROの販売を開始しました。

ASPIROとは、ラテン語で『何かを得ようとして努力する、希望する』という意味です。世界で恵まれなく、困難な環境のなかでも懸命に努力している若者たちの支えになることを願ってこの名前をつけました。
わかちあいプロジェクトのフェアトレードボールAspiroは、1個あたり75円〜175円のプレミアム(奨励金)が生産者に支払われ、健康や医療、教育、労働環境の改善などの活動に使われています

全4商品
世界で最も信頼がおける認証制度の一つであるフェアトレード認証製品です。

★明確な基準:途上国生産者への最低買い入れ価格の保証、奨励金の支払い、生産者団体の民主的運営など ★第三者機関による認証と監査 ★製品ごとの監査と認証

国際フェアトレード基準 これらのボールはパキスタンのシアルコットのビジョン社で制作されています。

MIKASAのサッカーボールも同じ工場で作られています。

サッカーボール、フットサルボール、バレーボール、バスケットボール、アメリカンフットボールも作っています。 100個から製造いたします。

FLOのサイト

世界に広がったフェアトレードボール

空気入れのサービスは5点までのご注文に限ります。6点以上のご注文の場合は空気を入れていない状態での発送となります。

2004年7月4日放送:NHK週刊こどもニュース「フェアトレードって何?」


また、JICAのネットワークを通じて、世界中の子供たちにボールの寄付を行っています。

「世界の笑顔のために」プログラム(JICA)




フェアトレード・サッカーボールが生まれた由来

わかちあいプロジェクト代表 松木傑 (元・日本福音ルーテル聖パウロ教会牧師)

「1995年4月26日から東京晴海の国際展示場で見本市があるので会いたい」と、フェアトレードのネットワークでこちらを知ったタンザニアのAMKA (スワヒリ語で“目覚める”という意味)のMateeさんから連絡が入りました。JICAの支援でタンザニア商品を促進するためにブースをだしていました。その後、展示場を見て歩いているとパキスタンの業者がサッカーボールのブースをだしており、値段を聞いてその安さにびっくりしました。
前年の夏、ケニヤのカクマ難民キャンプに青年2名を派遣しました。サッカーが大変盛んですが、ボールがなく、ぼろ布でボールを作って使っているということを知り、ボールを購入して寄付する予定にしていました。8月には、ボランティアを募集して、カクマに出かけることを計画していましたので、丁度飛行機がパキスタンを経由してケニヤに行くこともあって、Loftyという業者をシアルコットに尋ねて、製造の様子を知りたいと思いました。7月24日夜、イスラマバードで一泊してLoftyのLoneさんの車で、シアルコットに向かいました。サッカーが好きな次男の淳(すなお)を連れていました。シアルコットが近づくとLoneさんが淳に写真がないかといい、パスポート用の予備の写真を渡しました。何のためであるか私たちには理解できませんでした。
翌日、淳の写真とSUNAOと印刷されたボール2個を、プレゼントされて大喜びしました。ボールはシルクスクリーンで印刷されるため、簡単に少量から製作できるのです。Loneさんのところに滞在中、世界のサッカーボールの、70%以上が、シアルコットで作られていることを知りました。またそのとき、LoneさんはFIFAの代理店からFIFAのマークの使用料の値上げを求められていました。FIFAの基準に従ってボールをつくる人たちと、ただマークを売るだけの立場のFIFAについて考えさせられました。(その代理店は、1998年フランスワールドカップのとき倒産しました)。そこで、【生産者のためのフェアトレードマーク】という考えが生まれました。
私は帰国後、さっそくFLOの前身のトランスフェアインターナショナルのマルチン・クンツ事務局長に、フェアトレード・サッカーボールの提案をいたしました。加盟団体のドイツの反対もあってすぐには実現しませんでしたが、1997年クンツ氏がLoneさんや他の業者を訪問・調査し、現在のフェアトレード基準をつくって、最初に暫定のマークを使ってイタリア生協で販売開始されました。認証マーク(FLO)をつけることに合意するまで時間がかかり、ようやく2003年に合意し、2004年に日本で最初にASPIROというブランド名で発売を始めています。その後北米、ヨーロッパ、韓国とフェアトレードボールは広がっています。



The Origins of Fair Trade Soccer Balls

Wakachiai Project Representative, Suguru Matsuki (Former Pastor of St. Paul's Evangelical Lutheran Church in Japan)

I received a call from Matee of AMKA (meaning "awaken" in Swahili) in Tanzania, who had learned about us through the fair trade network. He said, "I'd like to meet you at the trade fair at the Harumi International Exhibition Center in Tokyo starting April 26, 1995." With support from JICA, we were setting up a booth to promote Tanzanian products. While browsing the exhibition space, I came across a booth selling soccer balls from a Pakistani company. I was surprised at how cheap they were when I inquired about their prices.

The previous summer, we had sent two young people to Kakuma Refugee Camp in Kenya. Soccer is very popular there, but we learned that there were no soccer balls available, and that people were making balls out of rags.

We planned to purchase and donate some. In August, I was planning to recruit volunteers and go to Kakuma. Since my flight to Kenya was going via Pakistan, I decided to visit a company called Lofty in Sialkot to learn about manufacturing.

On the night of July 24th, I stayed overnight in Islamabad and headed to Sialkot in Lone's car. I was accompanied by my second son, Sunao, who loves soccer. As we approached Sialkot, Lone asked Sunao if he had any photos, and I gave him a spare one for his passport. We didn't understand why.

The next day, we were thrilled to receive a gift of two balls with Sunao's photo and the word SUNAO printed on them. The balls are silkscreened, making them easy to produce in small quantities. While staying with Lone, I learned that over 70% of the world's soccer balls are made in Sialkot. At the same time, Lone was being asked by FIFA's agent to raise the royalties for using the FIFA logo.

This experience made me think about those who make balls according to FIFA standards and FIFA, which simply sells the logo. (That agency went bankrupt during the 1998 World Cup in France.) This is how the idea of ​​a

"Fair Trade Mark for Producers" was born. After returning to Japan, I immediately proposed the idea of ​​a fair trade soccer ball to Martin Kunz, Secretary General of Transfair International, the predecessor of FLO. Due to opposition from Germany, a member organization, it didn't come to fruition immediately,

but in 1997 Kunz visited and investigated Lone and other businesses, created the current fair trade standards, and the balls initially began to be sold by Italian consumer cooperatives using a provisional mark. It took some time to agree to use the certification mark (FLO),

but the agreement was finally reached in 2003, and in 2004 they were first sold in Japan under the brand name ASPIRO. Fair trade balls have since spread to North America, Europe, and South Korea.



SUNAOはその後、筑波大学の蹴球部でサッカーしましたがプロにはなれませんでした。キャプテンマークを付けているんがSUNAOです。トップチームでなくて2番目のチームです。同期はは4,5人がプロになっていますが、すでに引退しています。